勝俣美秋の和楽日記

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御上。

政治、経済、文化、などなど、あらゆる事が、東京一極集中型の構造の中で日本という国は動いている。
高速道路を走行する方向一つみても、東京方面を示すのに、「上り」、他は「下り」という言葉を使っている。

日本では古来より、権力者の事を「御上」(おかみ)という言葉を使っていた。その尊称は明治に入り、天皇や天皇の政府としての公的な権力を示すものとして使っていた。そして、第二次世界大戦後、天皇が自らの神聖を否定し人間宣言をし、天皇を御上という言い方をしなくなった。現在では、政府や省庁などを風刺的な言い方をする様な時に使われており、正式な使い方としてはされていないのではないかと認識している。

演劇の世界は、東京以外の場所で地元に根差した活動をしている劇団が増えてきて、それから東京に進出してきたり、または、山奥深くに世界各国の劇団や演劇人を呼んで演劇フェスティバルを主催し国際的に活躍している劇団もあったり、東京以外の場所での活動も盛んになってきている。

東京には数の数えきれないくらいの劇団があり、ひっきりなしにどこもかしこもの劇場で、毎日初日を迎えている劇団がありエンゲキなるものが上演されている。いいかわるいかは別にして、これは世界的に珍しい現象だそうな。その理由について書くと、長くなるので、今回は触れないでおく。

東京=中央で芝居をたくさんやっているから、中央の一極集中というわけではなく、東京以外で独特の活動している劇団は、そこに行かないと観れないという事もあるが、やはり東京以外の所では、芝居を観るという環境が少なく、何か観たいものがあると、東京に来ないと観れないという構図が圧倒的だろう。

いろいろな現象をみていると、今の日本の中央の人間は、「御上」の意識が厳然と残っている。
僕たちは、今は「御上」いう言葉を、尊称ではなく政府や省庁やそこに勤めるエライ人たちを揶揄する言葉で使っており、正式な使い方としては使わない言葉だが、実際には「御上」という意識は生きている。
チュウオウはチホウより偉いんだ、という意識が。

3・11から今日で一年。
この一年、中央の人たちが、被災地の人たちに対して、どのような言動をしてきたかをみれば、それはわかる。
もっといえば、東京でこんな事があったら、一年間復興に手つかずの場所があったり、復興が遅々として進まなかったり、瓦礫を受け入れてくれないなどはないだろう。チュウオウはチホウに受け入れさせるだろう。原子力発電所がどこに建っているかを調べればわかるだろう。

まもなく、一年前のその時間がやってくる。一年前のその時間から、僕は一年間を生きた。
実際に僕も、その起った瞬間に生きていたわけで。自分の中で、モノガタリとしてしまったら、終わりだ。
芝居をやっている人間として、今、僕に、せめてもできる事は、一年前の出来事を、モノガタリにしない、という事くらいだろう。


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  1. 2012/03/11(日) 14:31:51|
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