勝俣美秋の和楽日記

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劇団稽古、はじまりました。

2012年、劇団稽古はじまりました!!

昨年11月公演が終わって、年末年始をはさみ、久しぶりの劇団稽古。

劇団稽古がないときでも、体はある程度動かしているが、特殊な動きをしながらの稽古のため、やはり次の日、筋肉痛になった。

劇団わらくの稽古は、自分の身体と対話をする稽古が多い。
いわゆる台詞のやり取りや、二人組になって一緒に何かやりましょう、という稽古はほとんどしない。とにかく、自分の身体と対話をする。自分の身体と対話をする事は、すなわち自分自身との対話だ。だから、自意識だけがどんどんと肥大化している様な人は(いわゆる現代人といったらいいだろうか)、この稽古は苦痛だと思う。そのような人は、自分と対話ができないから自分の都合のいい解釈で物事を進める為、自分にとっての必要性がいつになっても見つからず深いところにはいく事ができない。
自分と対話ができない人が、台詞のキャッチボールをするだの、他人との対話をするだのと言っても絵空事で、できるわけがないと、僕は思っている。反対に、自分と対話ができれば、他人とも対話ができるようになると思っている。

劇団稽古でやる訓練は、創造的な作業とは全く別物で僕は考えている。
僕たちjは、意識的に生活をしない限り、毎日の生活では同じような脳の回路や筋肉しか使っておらず、他の使わない機能はどんどんと錆ついてきてしまう。
稽古とは、日常で退化してしまった身体感覚の回復と、錆つかないようにする為のメンテナンスの様なものだ。だから日常的にやらなくてはならないものだが、やったからといって芝居がうまくなるという事でもないが、やらないと身も蓋もない。
地道な事をコツコツやらなくても、一瞬で、あるレベルに到達してしまう人がまれにおり、これが才能というものだろうが、僕の様な凡人は、そんな才能はないので、コツコツと続けるしかない。そういうものを劇団稽古の訓練ではやっている。

地道な稽古だが、地道でも派手でも、要は稽古に参加している一人ひとりが、どんな意識で参加しているか、という事だ。どんな素晴らしい講師が教えていようとも、その人間の精神が不用意ならば、何のインプットもできないし、入ってくるものがないから、アウトプットするものがないう事になる。

年の初めの劇団稽古を劇団員と一緒にやったり、劇団員の動きをみていて思った事を書いてみた。


みなさま、わらく日和、再開です!!

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  1. 2012/01/19(木) 23:36:53|
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